映画、芸術と福祉の関連性 ツイートまとめ

この間、ツイッターで私における「映画と芸術と福祉の関連性」をツイートしたものをまとめてみました。

ご興味のおありの方はご覧ください。

 

 

今日からしばらく私にとっての「映画と芸術と福祉の関連性」についてつぶやきたいと思っています。ご興味のおありの方はよろしくお願いします。

 

まず思うことは、今思えば大学時代私は将来何になりたいか分からず不安な日々を過ごしていました。そんなある日たまたま入った映画館で私の人生は変わりました。

 

その映画館で見た映画によって私は自分でもこの映画の監督のように映画を制作したいという気持ちになりました。大学まで生きてきて初めて体験した感情でした。それ以来映画制作をしています。これは奇跡だと思います。

 

今はそれが奇跡というよりは神が私に映画が必要で映画を与えてくださったのだと思います。大学時代に出会った映画監督のようになりたいという気持ちからその与えてくださった神の大きな愛を表現するように変わりました。その表現が私にとっての芸術です。

 

音楽、絵画、料理、小説、詩、歌、写真などまだまだたくさんあるとは思いますが、これらと同じく映画も芸術だと思っています。ただそれが、自分の名誉、自分が喜ぶことか神の名誉、神が喜ぶことかで芸術か自己賛美かどうかに分かれると私は思います。私は神が喜ぶ表現を描いていきたいです。

 

神が喜ぶ表現として私の中では福祉ということが出てきます。

 

福祉というものは、全ての人が幸福な人生を送るために必要なことのような定義みたいですが、「幸せ」とは具体的にどういうことでしょうか?表面的には一人一人違うかもしれませんが、根本的にはみな「愛」を必要だと思うのです。

 

「愛」とはどんな状況の時でも必ず見方でいてくれること、見捨てないことではないでしょうか?私たち人間にその「愛」は持ち合わせているのでしょうか?私には「愛」がないと認めます。ただ「愛」が与えられるように日々求めていきたいです。

 

そして私に持ち合わせていない「愛」を唯一持っている神であるイエスキリストの「愛」を表現すること、そのことが私にとっての芸術であり、映画でそのことを表現することが私の役割であると思っています。

 

私も含めて生きづらさを抱えた、弱さを抱えた者たちで「愛」を持っていませんが、「愛」を求めて日々を歩むことが私にとっての福祉だと思います。

 

そして私は映画監督という「映画」が与えられてますが、一人一人の役割を日々「愛」を求めながら歩むことが私にとっての「芸術」だと思います。そのことが幸福を感じ、「福祉」となるのではないでしょうか。

 

以上です。

長文で失礼いたしました。

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